29、別天地


 「常山の蛇勢」と同じMさん命名の花に「一壺天」(いっこてん)があります。
98年の展示会に初めて出品されたものです。
Mさんの難しい名前にはいつも戸惑わされますが、これもその一つですね。
辞書を引くと〔小天地、又は別天地〕とあります。
後漢書の費長房伝に出てくる話ですので、そのあらすじをご紹介します。




 昔河南省に費長房(ひちょうぼう)という市場の役人がいました。
市場に薬売りの老人がいて、彼の売っている薬を飲むと、病気は皆たちまち治りました。
老人は壺公(ここう)といい、店の軒先に壺を一つぶら下げています。
費長房が高殿の上から見ていると、不思議なことに老人は、毎日市が終わるとぴょんと壺の中に跳び込むのです。
でもそれは他の人には全く見えません。


 只者ではないと思った費長房は、酒とご馳走を持って壺公のところに挨拶に行きました。
壺公も自分の事を見抜いた男を見どころがあると思ったのか、ある日「日が暮れて誰もいなくなったら来てごらん」と言ってくれました。
費長房は言われたとおりに日が暮れるのを待って出かけ、壺公に続いて壺の中に跳び込んでみました。
するとそこは輝くような仙宮の世界で、立派な楼閣に数十人の従者がいます。
費長房は壺公と一緒に酒を飲み、ご馳走をたらふく食べて家に帰りました。
帰り際に壺公は「このことは誰にも言うな」と言うのを忘れませんでした。


 しばらくして壺公は、費長房の高殿にやってきて言いました。
「わしはもと仙界の者で、過ちを犯して下界に落とされたのだ。
今度天上に帰れることになったので、お別れに酒でも酌み交わそうと思って持ってきた。」
下に置いてあるというので家来に取りに行かせると、10人で持っても持ち上がりません。
老人が高殿を下りてひょいと指一本に引っ掛けて持ってきたのを見ると、それはたった一升ばかりの酒なのです。
ところが二人で一日中飲んでもなくなりませんでした。


 壺公が出発するとき、費長房は彼に従って神仙の道を学びたいと思いましたが、家族のことを思うと思い切れません。
すると壺公は一本の青竹を費長房の身の丈に切って手渡し、臥所に置いてくるようにと言いつけました。
そうして彼が壺公について出た後、家族は長房が布団の上で死んでいるのを見つけます。
家族は泣く泣くその亡骸をを葬りました。


 費長房は壺公に随って深山に入りました。
一人で虎の群れの中に置かれたり、頭上に大きな平たい石がわら縄で吊り下げられた石室に閉じ込められ、無数の蛇が縄を噛み切りそうになっても、長房は平然としています。
壺公もこれは見どころがあると思いました。
ところが次の難題でついに長房は降参してしまいます。
別れを告げて帰ろうとすると壺公は、
「これにまたがって行けばひとりでに帰れる。
帰ったら葛陂(かつは)の池に投げ込むように」
と言って一本の青竹をくれ、その上、地上の鬼神を支配できるという御符を伝授してくれました。


 杖にまたがると長房はたちまち家に帰り着きました。
乗ってきた杖を葛陂(かつは)の池に投げ込むと、それは竜になりました。
家を出てからほんの十日位と思っていたのに、実は十数年も経っていました。
長房が家に帰ってみると、家族は彼がとっくに死んだものと思っているので、本人だと信じません。
そこで塚をあばいて棺を開けると、ただの竹の棒が出てきました。
その後費長房は万病を治し、百鬼を鞭打ち、土地神を駆使する能力を発揮するようになりました。


 Mさんの「一壺天」(いっこてん)は、今まで見たことがないような色合いの花、別世界の花と言う意味で名づけたということです。

                             (2003/7/10)

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