杭州寒蘭なまえものがたり

   1、西湖、その周辺


 1998年の杭州寒蘭展で「西湖」(せいこ)が、「やっぱりいいね!」と注目を集めました。


 「やっぱり」というのは、それから20年前、世田谷区民会館で開かれた世田谷愛蘭会主催の寒蘭展に黄さんが出品し、当時の日本寒蘭の名だたる銘品を尻目に、展示会の話題をさらった花だったからです。


 杭州寒蘭としては本邦初公開、命名第1号。
その舌の白さと緑の美しさで、杭州寒蘭というものを強く印象付けた花だったのですが、黄さんが亡くなってから一時すっかり作落ちし、実に20年振りに花を咲かせたというわけです。


 咲いた花はサラサでした。
初めにサラサの名前は山だと書いたような気が・・・。


 その時は黄さんはじめ、誰もサラサの筋に気がつかなかったほど、初めて見た花の舌の白さと、青の色合いに目を奪われたということなんでしょうか。
その後も、99年、2000年と、青サラサの素晴らしい花を咲かせています。
「うーん、やっぱりいいね!」




 西湖は杭州にある湖で、中国屈指の景勝の地です。
13世紀にマルコ・ポーロが「東方見聞録」で、杭州は「世界で最も美しく華やかな土地」と言い、杭州が「地上の楽園」とうたわれるのも西湖によるところが大きく、昔から多くの詩人が、その美しさを詩に詠んでいます。


 かつて唐の白楽天、宋の蘇東坡(そとうば)が、この地の役人を務め、西湖の水利工事に力を尽くしたということで、湖の中に造った堤防に二人の名をつけて、それぞれ"白堤""蘇堤"と呼んでいます。


 西湖周辺の四季折々の美しさは、西湖十景として知られています。
挙げてみますと、


 三潭印月(さんたんいんげつ)  断橋残雪(だんきょうざんせつ)
 
平湖秋月(へいこしゅうげつ)  双峰挿雲(そうほうそううん)
 曲院風荷(きょくいんふうか)  蘇堤春暁(そていしゅんぎょう)
 花港観魚(かこうかんぎょ)  柳浪聞鶯(りゅうろうぶんおう)
 雷峰夕照(らいほうせきしょう)  南屏晩鐘(なんぺいばんしょう)


 
そんな風光明媚なところを、杭州寒蘭の名前にしない手はありませんね。
ついてますよ、たくさん。


 黄さんが舌のふっくらとした青花につけた「三潭印月」(さんたんいんげつ)は、西湖の中にある島の一つです。
島の南に高さ2bの石塔が3本立っていて、月明かりの夜、湖水に舟を浮かべると、月影が塔のために三つに映って見えるところから、そう名付けられたということです。
なんと素敵なネーミングではありませんか。


 西湖の南に面しているのが夕照山(せきしょうざん)
この山の峰の一つである雷峰の残照が美しく、雷峰夕照も西湖十景の一つです。
3年前に、きれいな夕焼けのような色合いの花に「夕照」(せきしょう)と名付けたのは、ここからとったものです。


 柳浪聞鶯は西湖の東岸に広がる公園で、春にしだれ柳が美しく芽吹いた中で、鶯の声を聞くという風景からこの名がつけられたということです。
黄さん命名の青花に「柳浪」(りゅうろう)がありますが、ここからとったものでしょう。


双峰挿雲の双峰は、西湖の西に聳える霊隠山(武林山)の一峰である、北高峰と南高峰のことで、この二つの峰に流れる雲や霧が、山水画を見るように美しいというものです。


 霊隠山(れいいんざん)はもと虎林山(こりんざん)と呼ばれていました。
白い虎がいつも頂きにうずくまっていたと、「淳祐臨安志」にあるそうです。
唐代に、高祖李淵の祖父のいみなが李虎(りこ)といったので、虎という字を避けて、武林山と呼ばれるようになりました。
同じように蘇州の虎丘寺(こきゅうじ)も、唐代には武丘寺となりました。
"いみな"というのは、貴人の生前の本名で、死後につけられるのは"おくりな"ですね。
この「武林」は杭州の別名にもなっています。


 武林山は俗に西山(せいざん)とも呼ばれるそうで、東晋の道士葛洪(かつこう)は、山中に隠棲して帰るのを忘れたといいます。
霊隠山と言う場合、諸峰の総称である武林山(虎林山)を指すときと、その一峰である北高峰を指す場合とがあるそうです。
こんな風に名前がいくつもあったり、同じ名前が使われたりと、アバウトなところがややこしいですね。


 この北高峰の麓にある霊隠寺は、杭州を代表する名刹です。
門前に聳えている岩は、この寺の開祖であるインドの僧慧理(えり)がこれを見て、天竺の霊鷲山(れいしゅうざん)の小嶺が飛んで来たようだ」と言ったので、飛来峰の名がつけられました。


 「飛来峰」(ひらいほう)は、マニアのHさんが、自分の花にその名前をつけていますし、Sさんは選別した花に「虎林」(こりん)とつけています。


 西湖は白堤、蘇堤などによって、外湖、内湖、岳湖、西里湖、小南湖の5湖に分けられています。
この「西里湖」(さいりこ)を同じSさんが、自分で選別した花につけました。


 西湖の北西に、黄さんが初めて杭州寒蘭を手に入れたところ、杭州植物園が続いています。
植物園の隣りに西湖三大名泉の一つ玉泉があり、ここは魚楽園として有名です。
かつて準素心の花に「玉泉」と名付けましたが、後になって「玉染」(ぎょくせん)と改名されました。


 黄さんの「後西湖」(のちせいこ)は、「西湖」のあとから出てきた青花ということでついたもので、段々と名前も品切れになってきたのでしょうか。
黄さんでさえそうなのですから、我々が名前で苦労するのは当たり前ですね。


                             (2000/12/7)

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