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2003/8/30(土)
 店の前の国道246号線は、朝から下りがぎっしり詰まって、一向に解消する気配がないが、店の方は至って閑散。
 午前中は教員のMさんが遊びにきただけ。先日レンゲショウマの群落を見てきた白石さんと御岳山の山野草で話がはずむ。
 青梅に関連の大学があるMさんは穴場にくわしく、まだ荒らされていないクマガイソウの自生地など、色々はなしてくれた。
 わたしの好きな毛イワタバコのピンクと白もあるという。花時にぜひ自生の状態でみたいものだ。
 午後も台湾の方が見えたぐらい。もう鉢が並んでいると思ってきたらしいが、揃うのは3日の初日直前になる。


2003/8/28(木)
 9月3日からの蘭鉢展の看板ができあがる。肝心の鉢の方は多分ぎりぎりになるのだろう。例年そんな按配だ。
 成田のTさんがガラクタ市用に新品の化粧鉢を安い値段でもってきてくれる。飾り鉢として使って欲しいという。
 プラスチックの鉢で作る人が多いこのごろ、花が咲いたときにはこの鉢に入れて鑑賞してと、プラ鉢とセットにしているのがにくい。
 作者は鴨川の小柴さんという方で、趣味で焼き物をやっているそうだ。安いからと大量に注文してもダメですよ、とTさんから釘を刺された。


2003/8/26(火)
 日曜日から二泊三日で中学のときの同級生と日光と会津若松に出かける。どちらも何十年ぶりかだ。
 旧日光街道が昔とあまり変わっていないのが懐かしく印象的だったのにくらべ、会津はがらりとかわっていた。
 50年以上経っているのだから当然といえば当然だが、今市から会津に抜ける121号線は楽しいドライブだった。
 一人で往復600キロ以上運転して帰った割には、それほど疲れた感じはない。これでもう少し歩ければいうことはないのだが・・
 帰ったら外のものがかなり水切れ状態になっていた。向こうは毎日のように夕立があったのだが、こちらは降らなかったらしい。
 さっそく水遣りの仕事をこなし、そのあとは留守中のメールの整理におわれる。楽あれば苦ありか。


2003/8/23(土)
 背の高い若い人が蘭寶ャ史を買いに来る。最近香のある蘭に魅せられて、中国春蘭の「老文団素」と寒蘭の「日光」を買ったそうだ。
 価格もこなれて入りやすい時期だったのは幸運で、こういう若い人が、蘭の世界に飛び込んでくるのは大歓迎だ。
 蘭寶ャ史を読もうという心掛けも大いに気に入って、色々先輩づらをして余計なことまでしゃべってしまった。
 伊東の別荘にいく予定のHさんが、車の渋滞がひどいといって昼過ぎに立ち寄る。
 ところが、何時まで経っても渋滞は解消せず、そのうち出版社のSさんもきて話に花が咲き、やっと出かけたのは7時ちょっと前。
 渋滞はまだまだ続いていた。伊東に着くのは何時になることだろう。

2003/8/21(木)
 午前中、慈恵病院でトレッドミルの検査があった。地下鉄の御成門から病院まで5、6百メートルしかないのに足が痛んで一度休む。
 こんなことははじめてで、検査が思いやられたが、こんどは8百メートル歩いても、まだ歩ける程度の痛みしかでない。
 多分に心理的なものが作用していたのか。無理はいけないがせっせと歩くことが一番だといわれる。いまのところ手術の心配はないようだ。
 薬の手違いなどで4時過ぎに店に戻ったら、気仙沼のUさんから初水揚げの秋刀魚がどっさり届いていた。


2003/8/19(火)
 高齢者事業団の経師やさんにきてもらって、店内の障子の張替えをする。ついでに棚の大掃除もする。
 がらっと雰囲気が変わってスカッとした気分なったが、お天気の方は相変わらずすっきりしない。
 クーラーのいらない陽気は悪くはないが、ここまで極端になると、夏日よ、早く来い来い、といった気分になる。
 予報ではまたずれて、明日もお天気はすっきりしないらしい。
 中国から国際電話がはいる。ことしも杭州寒蘭の花未確認株を入れようとしていたのだが、ショッキングな返事がかえってきた。
 出し値が去年の4倍だという。4割アップでも法外なのに、あいた口がふさがらない。
 断じて屈するわけにはいかない。ファンのためにもがんばらなくてはならない。だが、入荷なしの最悪ケースも考えておこう。


2003/8/17(日)
 雨は大したことはないが、上るはずの気温が上らない。セーターが欲しいと思っていたら、軽井沢の別荘にいるはずのFさんがみえる。
 ひどい雨と気温12度ではいても仕様がないと、早々に引き上げてしまったのだという。
 同じく伊東に行っていたFさんも、散々の休暇だったようだ。気分一新と、出かける前に押さえていた杭州寒蘭をひきとりにくる。
 その中で根巻きになっていた株が、新芽も花芽も先がスカッと抜けていて、大いに期待させる。
 根も真っ白なのが何本も出ていたので、さっそく楽鉢に植え込んでやり、ここに置いて結果をみることになった。
 気仙沼のUさんから久し振りに電話をもらう。知らなかったら今度の地震で作場は大変だったそうだ。
 せっかく集めた欅窯の鉢は倒れて落ちて全滅。慰める言葉もなかった。大事をとって柱のそばにおいていたのが悪かったらしい。
 「秀水」が新芽が来ずに花芽をあげて、間もなく咲きそうだという。狂い咲きは関東ばかりではないようだ。

2003/8/15(金)
 きのうから雨が降り続いている。各地に大雨洪水警報がだされた。予報では明日も強い雨らしいから、いよいよ関東がやられる番か。
 幸い店も自宅も高台にあるので雨には強い。ただ店の二階にある樋がつまると、天井から大雨になる。
 過去何度か痛い目に遭っているが、いまのところは大丈夫そうだ。お客様は盆休みの浜ちゃんが遊びにきただけ。
 4時過ぎには三金会(中学の同級生の集まり)に出かけてしまう。雨は執拗に降リ続いている。


2003/8/13(水)
 きょうからお盆休みの所が多いようだが、こちらは入院で半月以上休んでしまったので、夏休みはなしだ。
 もっとも白石さんは大学時代の仲間と、御岳山にレンゲショウマの花を見に行くといって休みを取っている。
 一人でのんびりゲームでも楽しもうとしていたら、けっこうお客様が見えて遊んではいられなかった。
 下町のHさんは、花芽が出始めた杭州寒蘭を早々と押さえる。ちょうど来合わせた浜ちゃんのアドバイスをうけながら、これもあれもと3鉢も選んでしまった。


2003/8/11(月)
 冷夏に慣れた体にはこたえる。いくらか風があるので救われたが、それにしても暑い。
 午前中、空港に知り合いを迎えに行き、銀座まで送ったのだが、首都高が事故もないのに大渋滞。11時前には店に帰れるはずが12時を大きくまわってしまった。
 不景気なのにこのごろはなぜこんなに車が混むのだろうといぶかったら、ある人からこんな返事がかえってきた。
 車に定員一杯乗せて帰省すれば、新幹線や飛行機よりずっと安くてすむからだそうだ。これも不景気が生んだ現象か。
 会社でこき使われ、たまさかの休みぐらいのんびりしたいのに、運転手までやらされるおとうちゃん。休まる暇なし。事故には気をつけてくださいよ。


2003/8/9(土)
 土曜日でも大型台風のおかげで開店休業といったところ。隣に13階建てのマンションが出来てから吹き抜ける風が強くなった。
 台風がまともにきていたら、どんな被害を被ったかしれないと思うと、売り上げなんか気にならない。まあまあ大事に至らなくてほっとする。
 吹き降りの中、千葉のTさんとルーペのSさんがみえる。Tさんは小学5年の次男坊同伴だ。
 引き上げられたた北朝鮮の沈没船をみせるかわりに、お父さんもちょっと寄り道させてとやってきた。
 Sさんは横浜のHさんが掘り出した杭州寒蘭の青花がてっきり飾ってあるものと思って見にきたのだった。
 展示はしていなかったが、タイミングよく写真をメールで送ってきていたので、無駄足にはならなかった。


2003/8/7(木)
 朝から雑用の方が忙しくててんてこ舞い。これが商売の方でならいうことはないのだがままならない。
 横浜のHさんが、行きつけの園芸店から杭州寒蘭の狂い咲きを手に入れてくる。青花で大きく、色もよく、広い舌でしかも無点。
 おまけに1鉢(3条)5千円は、固定するかどうかは別にして、それはないよという値段。店主もしまったという顔で頭を掻いていたらしい。
 こんな掘り出し物がたまにあるから、園芸店回りはやめられないのだろう。
 アワチドリのSさんが夏えびねの白花が咲いたと写真を送ってきてくれた。なかなか花型もわるくない。
 昔は一生懸命作ったが、湿度の関係でうまく出来ずにあきらめてしまった。
 上手に咲かしているのを見ると、またぞろ挑戦してみたくなる。白花も紫の濃い花も実に涼しげでいい。


2003/8/5(火)
 きのうは一日中クーラーの効いた部屋にいたので、外が35度を越しているとは知らなかった。あとで分かってびっくりする。
 梅雨があけた途端にこの暑さでは、人間様はもちろん、蘭だって参ってしまう。とくにえびねがいけない。
 日が落ちてからたっぷり水をやってやろうと思っていたら、野暮用が出来て結局やれずじまい。
 九州の生産者は、夏は毎日せっせと水をやっているときいた。これからは熱帯夜が続くのだから、例え夜中になっても欠かさないことにしよう。
 枯葉、雑草の整理二日目、かなり進んだ。午後からは空模様がおかしくなって、仕事するにはやりやすかった。


2003/8/3(日)
 しばらく留守にしていた間に、蘭の枯葉や雑草が目立つので、朝からその整理を始める。
 梅雨明けの太陽が照り付けて汗が流れ落ちる。けっこう時間がかかって、全部きれいにするにはあと4、5日かかりそうだ。
 午後、「幸姫」を手に入れた下町のHさんが来、「幸姫」を掘り出したHさんも来て話が弾む。
 ルーペのSさんが、花が咲く前から「寧夏」と命名した、杭州寒蘭の初花株をもってくる。いまにも咲きそうなところまできている。
 サラサ花だが濃い緑の色が息を呑むほどすばらしい。13年に入れたものだ。


2003/8/1(金)
 梅雨は早く明けてほしいが、さりとてうだるような暑さもいただけない。8月の幕開けはほどほどの陽気で過ごしやすかった。
 退院後初めて作棚を丹念に見回っていたら、秋蘭がいい香りで咲いていたり、土佐寒蘭の青々系が蕾をあげていた。
 狂い咲きは杭州寒蘭の専売特許かと思っていたら、ことしは日本寒蘭もお付き合いがいい。青花は時期外れでも悪くないので楽しみだ。
 5・5号と笠間鉢にたっぷり水をやる。明日はいよいよ梅雨明けとなりそうだ。園芸の成否の正念場がやってくる。

2003/7/30(水)
 16日ぶりに店に戻ってくる。ほっとする。やっぱりここが一番いい。ハウエバー ハンブル ホーム イズ ホームだ。
 驚いたことに、2週間も留守にしていると、いつもなら植物の成長にびっくりするのだが、ことしはあまり変わっていない。
 こんなことは過去にはなかったような気がする。日照不足の長梅雨の影響だろう。
 一両日には梅雨は明けるようだが、この遅れをどこまで取り戻せるか。軟腐病も一、二でている。蘭も主がいないとどこか生気がない。
 あれは瀬戸内晴海(寂聴)だったと思うが、「植物にとって最大の友は人間の足音」といっている。まさにそのとおり。
 これからはせいぜい小まめに見回ってやろう。
 夕方久し振りに音楽家で学校の先生をしているAさんがくる。「白玉壺」の持ち主だ。いつも話がおもしろい。
 こんな先生がどの学校にも何人かいたら、世の中大分違っていたのではなかろうか。


2003/7/12(土)
 やっと病院から連絡があって14日の月曜日から入院することになった。たっぷり待たされたので慌てることは何もない。
 7、8月は殆ど開店休業に近い月なので、タイミングとしてはちょうどいい時期だ。それにHPから解放されると思っただけで、肩のこりがほぐれた気分になる。
 白石さんは病院までPCをもちこんだら、というがとんでもない。せめて病院にいるときぐらいゆっくり休みたい。
 杭州寒蘭の「上天竺山」が狂い咲きで、もう二、三日で開く所まできている。艶のある濃色サラサ系の花だが、この時期だとどんな風に咲くのだろうか。
 毎日この目で観察したい所だがやむをえない。いまは濃い緑にうっすらと墨色がのってきている。あまり変わりはないようだ。


2003/7/10(木)
 開店休業。梅雨特有の降ったり止んだりのこんなお天気では、お客様を期待する方がおかしい。
 午後ちょっと店を空けて夕方戻ったが、園芸とはまったく関係ない人が一人立ち寄っただけだそうだ。
 閉店間際Kさんがやってくる。「ひと坪園芸」の愛読者で、今回は結構力を入れている富貴蘭が載っている。
 「満月」なども持っているようで、ほかにえびね、春蘭、寒蘭、さらにウチョウランと趣味は多彩。
 新居に目下数十万円かけて蘭小屋を作っている。蘭を上手に育てようと思ったら作場に金をかけるのが一番だ。


2003/7/8(火)
 6月19日に入院の申し込みをしたのに、まだ入れないで娑婆にいる。主治医からちょっと混んでいるとは聞いていたが、こう長引くと落ち着かない。
 もっともそのおかげで、ウチョウランの展示会も最後までやれたし、きょうは深沢のT先生に歯のほうもみてもらったので、もういつでも慌てないで入れる。
 入院申し込みをした4日後に、アイソトープの検査をしたので、何か緊急を要する事態が見つかっていれば、こんなに長くほっておかないだろう。
 足はいぜん長くは歩けないが、悪化しているようにもみえない。ずっと立っていても平気だし、歩かない限り全くなんでもない。
 行動半径がちょっと狭くなっただけで、この年になったらそのくらいは当たり前、平均すればいい方だと考えることにしよう。
 雑用に追われて、植物との接触は全くない一日だった。


2003/7/6(日)
 横浜のNさんが久し振りにみえる。最近奥様を亡くされてだいぶ参ったらしいが、ようやく出かける気になったらしい。
 むかし頂いたレンゲショウマを枯らしてしまった話を思い出してくれて、たくさん蕾をつけた立派な株をもってきてくれた。
 ウチョウランの展示会もきょうが最終日で、もうしっかりしている株はほとんどなかったけれど、一鉢仏前に飾ってもらうことにした。
 来週は多分また検査入院になりそうなので、午後からは早めにウチョウランの整理をはじめる。
 来週からはいよいよ夏咲きえびねの登場だ。もう殆どの株で新芽の脇から花芽がのぞきだしている。
 梅雨が明ける頃から咲きだすことだろう。猛暑がくるとカクチョウ蘭サビ病がやっかいだが、クーラーの効いた部屋ならまず心配はない。


2003/7/4(金)
 ことしは寝ている夜中に雨が降ってくれるので助かる。昼間は傘の要らないお天気にこしたことはない。
 早々とお客様も見えて肩が軽くなる。フウラン、ナゴラン、ウチョウランと買って「こんな近くにこんなお店があるなんて知らなかった」
 これまでは神田のT店まで出かけていたそうだ。もう30年もやっているのに、灯台もと暗し、なんだねえ。
 きのう、増刷をお願いしていた「蘭寶ャ史」の第3版ができあがってきた。さっそく白石さんにHPに載せてもらう。
 軽く消化するにはちときつい部数なので、一生懸命宣伝して売り込まなければならない。
 中国春蘭や一茎九華に興味のある人なら、ぜひ一部もつことを薦めたい。というより必携の書だろう。


2003/7/2(水)
 まだウチョウランの展示会中だというのに、お客がまったく来ない、妙に静かな日だ。
 2日前には表の看板が何者かに壊され、ウチョウランもかなりとうがたって、こう静かだと気分まで滅入ってしまう。
 時折は日が差して、湿度も高くなく、本来なら大変快適な一日のはずなのだが、肝心の売り上げがないとやはりダメらしい。

 閉店間際にばたばたとお客様が何人かみえて、ようやく晴れ晴れした気分になれた。

2003/6/30(月)
 きのう鹿児島から生水苔がついて、店先が急に緑一色になった。山から採ったばかりの、みずみずしい色が目に染みる。
 梅雨が明けたころには、一段と緑が濃くなって、水盤に入れて楽しむお客様も。明るい所で水さえ切らなければよく長持ちするので、観賞用にもなる。
 きょうでことしも折り返し点をまわる。新しい年を祝って餅をたべたのは、ほんの数日前のようなのに、もう1年の半分が過ぎてしまうとは・・
 小さい頃は1年が長くて、早く大人になりたいと思ったものだが、いまは、まさに光陰矢のごとし。ちっとはゆっくり出来ないものか。

2003/6/28(土)
 ウチョウラン展も終盤にはいって、なんとなく品物も盛りを過ぎた感じがしてくる。
 終った花だけ摘み落として、見てくれを整えるのだが、盛りの頃の勢いは取り戻しようもない。
 いつもならアワチドリやサツマチドリが、ウチョウランの後を受けてがんばってくれるのだが、ことしはほとんど同時に咲いてしまっている。
 展示会は7月6日まで。なんとかもってくれればいいが。
 天気が悪いのでお客も少なく、春蘭、寒蘭の古葉の整理をはじめたら、足元が枯れた葉でいっぱいになった。
 おかげで少しはすっきりしたが、とても一日では終らない。あと二日はかかりそうだ。


2003/6/26(木)
 時々は晴れ間ものぞいて、暑くもなく、過ごしやすい日だった。
 欅窯の焼締めウチョウ鉢を放出してくれたMさんが、こんどはやはりウチョウラン用の楽鉢をもってきてくれる。
 2・5号から3・5号で使い勝手はいい。すぐにまとめ買いする人がでてくることだろう。
 作場を少なくしたはずなのに、「月輪」やら濃色花など、4鉢ほど買っていったのにはびっくり。また作場がたりなくなるのではなかろうか。
 午後、森永のKさんと横浜のHさんが来る。Kさんは杭州寒蘭に目がない。
 14年に入れた株の出芽が魅力的なのが多いと、この日も1鉢、芽の先がよく抜けている3条立ちを選んでいた。
 Hさんは三世代が一緒に乗れる、大きなワンボックスカーの豪華な新車でくる。奥さんがお勤めご苦労様でしたと、ポンと買ってくれたのだそうだ。
 これからは家族ぐるみのドライブ旅行の、運転手をさせられるのだろうが、それにしても羨ましい話。
 うちのかみさんに爪の垢でも煎じて飲ませたいものだ。


2003/6/24(火)
 いい天気からまた梅雨空にもどって、これ幸いと完全休養日にする。
 昼過ぎTVの前で、女性作家の話をぼんやりききながら、いつの間にかうたた寝してしまった。こんなことは何年ぶりだろうか。
 夕方入院している叔母の見舞いに行き、その足で、旅行で知り合ったグループのおしゃべり会へ。会場は例の四谷のビフテキ屋。

2003/6/22(日)
 三ツ沢のWさんがやっと顔をみせてくれた。ウチョウランの大株を展示してくれている人だ。病気して一時はかなり不自由そうだったが、見違えるように元気になった。
 この一年間、こちらで管理したのだが、「湘南」も「久良岐」も「雷鳥」もみなうまく咲いてくれて、展示会の要になってくれた。
 秋田の玉川温泉がいい湯治になったそうで、いまでもそこの水を取り寄せて飲んでいる。私の糖尿にも効くはずだともってきてくれた。
 この日は息子さんが車で連れてきてくれたのだが、こんどは地下鉄で一人で遊びに来てみるかと、頼もしいことをいっていた。
 Mさんが欅窯の焼締めウチョウラン鉢を、好きな人に処分してくれともってくる。戦線を縮小したせいで、あまった物を出してくれた。
 はじめは九月の蘭鉢展のガラクタ市で売るつもりだったが、ウチョウラン展の最中でもあるので予定を早めた。
 久し振りにやってきたAさんが、さっそく一つ物色していた。


2003/6/20(金)
 Yさんが縁を欠いてしまった化粧のウチョウラン鉢を、金繕いしてもってきてくれる。高価な鉢ではないのだが、なんとなく高そうな鉢にみえてくるからおもしろい。
 薄く塗ってよく乾かしてまた塗る作業を、繰り返さなければいけないらしいが、焦ったうえに厚く塗りすぎて、継ぎ目に皺が寄ってしまったと残念がっていた。
 この日Yさんが買ったのは、お目見えした当時、100万円した交配の傑作「日の丸」と、「虹」「月輪」を生んだ交配親の原種「翁」と「白蓮」。
 3点でかかった費用は1万円とちょっと。隔世の感があるウチョウランの世界だが、主婦も気軽に手を出せる時代になって、新しい意味で、6月が待望のイベント月になってきたのは確かのようだ。


2003/6/18(水)
 学研にいっている甥のHが、この一二年すっかり山野草の虜になって、この日もウチョウラン数点と八起窯の鉢を買っていく。
 来るとこれももっていけ、あれももっていけとなって損してしまうが、鉢を気にするセンスが気に入って、悪い気がしない。
 欅窯の古鉢ももうどれだけ集めただろうか。花が咲いてくると、鉢のよしあしで感じが全く違ってくるものだ。
 蘭寶ャ史の日本語版が在庫ゼロになったので、増刷をお願いする。
100部はちときついが、中国春蘭や九華をやるなら、ぜひ手元に置いて欲しい本なので、がんばることにする。


2003/6/15(日)
 月、火曜日を中学の友達と一泊旅行を楽しむので、繰り上げて日誌をつけることにする。
 蒸し暑さもなくしのぎ易い日だったせいか、珍しく朝からにぎわう。一番乗りはHさん。
 昨日展示してくれた槙の尾無点が、私の持っていたのとは少し違うなと思っていたら、やはりセルフだった。
 がぜん本物を何とか見つけたいと思って、あちこち連絡をとったが、日曜日のせいかうまくコンタクトがとれない。大抵の所は消えているから、気長に探すほかないだろう。
 午後は常連のMさん夫妻が友人の奥さんと一緒に顔を見せ、Yさん、Hさんもきて、さらに何人かのお客様でパンク寸前。
 残しておいてもいいなと思う花がかなり出てしまう。それと掘り出し物をうまく見つけるお客様も複数いて、張りのある一日だった。
 閉店時間をかなり過ぎて、ウチョウランの追加第3陣がはいる。またバラエティがでて、こちらもファイトがわく。


2003/6/14(土)
 梅雨特有の蒸し暑さに、我慢が出来ずにクーラーを入れてしまう。うまい具合にマッサージのFさんが来てくれて大助かり。
 調子が悪い左足を入念に揉んでもらう。血流をよくするのには、爪先立ちで背伸びを何度もすることだと教えられる。
 下町のHさんが槙の尾の無点ピンク花を飾ってくれる。私の所ではとうに絶種してしまってない。
 Fさんは純白仁王が気に入って、八起窯の灰釉のウチョウ鉢に入れてニコニコ顔だった。
 夕方勤め帰りのサラリーマン三人組がきて、がさがさとウチョウランを物色していく。その中で初めてやる人が、鉢も手作りのものを選んでいたのは嬉しいことだった。


2003/6/12(木)
 月に一度の心臓医の診察日。2時の予約が4時半になってもお呼びがかからない。頭にきて問い合わせたらカルテがどこかに紛れ込んでいた。
 おかげで5時には店に帰れる予定が7時になる。その間白石さんがひとりで健闘だ。
 2週間ほど前から少し歩いただけで、ふくらはぎが痛くなって歩けなくなる。狭心症が足の方にもきたかと診てもらったら、間違いなさそう。
 すぐ外科循環を紹介されたが、時間がおそくて、一週間後の予約を取るのがやっとだった。
 留守の間に横浜のYさん、PCに挑戦を始めたYさん、うちょうらんのMさんらがみえていた。八起窯の塚本君もくる。

2003/6/10(火)
 あす11日からのウチョウラン展の準備をする。小型の蘭なので、棚を埋めるだけでかなりの鉢数が必要だ。
 間を思い切ってあけたり、つめてみたり、色違いをバランスよくまぜたり、結構時間がかかったが、大株作りの鉢がいいアクセントになった。
 それにしても、ウチョウランの初花株は1年作ってみないとわからない。特に虹タイプは不安定で、3回は花をみたい。
 奇花は力がつくと概してよくなるのが多いようだが、紅一点の獅子咲きが並花になったのには驚いた。
 夕方報知時代の友達が遊びに来た。8月の後半に中学の同級生4人で、北海道のドライブ旅行を計画していると話したら
 「ぜひ、洞爺湖畔のホテルに行け」とすすめられる。ホテルも食事も超一流、それをリーズナブルな値段で味わって来いという。
 こちらはすっかり乗り気になったが、貧乏旅行が好きな他の連中が簡単に乗ってくるかどうか。

2003/6/8(日)
 「今週の話題」でドクダミの話をのせたら、Hさんからすぐに反応があった。症状を一時抑えてもまた出てくるのでは困るというのだ。
 高価なえびねの場合、健全な株とマスキングされた株との見分けができないと、安心して買うことができないという。
 もっともな話だが、最終的にはえびねを扱う人のモラルの問題になるだろう。
 それよりなにより、ドクダミで本当に直れば万々歳。後のことは必ずなんとかなるさ。ともあれ試してみることだ。
 ウチョウランの第二陣が入るはずだったが、開花が遅れているそうで、ほんの少し追加が入っただけ。
 こちらの花の方は順調に咲いてきているので、かえって遅れたほうが展示会にめりはりがついていいだろう。


2003/6/6(金)
 午後、高校時代の大先輩Tさんが、春蘭展以来久し振りに来る。傘寿を迎えてますますがたが来た、といいながらも顔艶がいい。
 若い頃は病弱で三年も寝込んだり、戦争があったりで、ここまで生き延びてこられるとは思いもしなかったそうだ。
 もう寿命に不足はないが、願わくば苦しまずに召されたいという。「80を過ぎると神様は苦痛を和らげる恍惚を与えてくれるそうです」
 「だから私は先輩の年まで頑張らないと楽に死ねません」と私が言って、互いに笑い転げてしまった。
 ご機嫌がよくなったのか、ウチョウランをなんと5鉢も買って、夕方になって引き上げていった。


2003/6/4(水)
 ウチョウランを3鉢うまく宅急便で送って欲しいとたのまれる。根巻きでは慣れているけれど、鉢ごととなると傷つくこともあるので、大抵お断りしている。
 だが売り上げのことを考えると断れない。幸い白石さんが上手に発送箱を工夫してくれて、結果は案ずるより生むが安しだった。
 Hさんが飾ってくれている、ウチョウランとヤエシノブの抗火石植えの盆景作りが評判がいい。
 同じものを作ってくれと頼まれて挑戦する。雨晒しにしていた抗火石に、うまい具合に苔がのり、小さなユキノシタまで付いている。
 生の水苔も大いに役立って、我ながら上々の出来栄えとなった。
 白石さんが早く帰っていなければ、きょうのショットで取り上げてくれただろうが・・まことに残念。


2003/6/2(月)
 K君が抜け落ちた天井を応急処置してくれる。不器用なわたしは、どうしたものかと途方にくれていたが、実にあっさりと直してくれた。
 K君は中学のときの親友で、いまは町会長やら檀家総代で忙しい体だが、月、火曜日は手伝ってくれている。
 彼のおかげでどうやら商売をやっていられるといっても過言ではない。最近少し体調を崩しているのが気がかりだ。
 八起窯の塚本君がウチョウラン鉢を送ってくる。ことしのはまだ出来ていないが、鉢が足りないといったら、昨年の在庫分を出してくれた。


2003/5/31(土)
 だんだん雨脚が強くなって、昼過ぎが最高。そのとき、PCを打っていた白石さんの背中で、突然天井板が破れてどっと雨漏りがはじまった。
 原因は二階の樋の排水溝が詰まって、たまった水が天井に溢れ出したため。過去に何度か苦い経験をしていたのだが隙をつかれた。たまたまHさんも来合わせていて、事後処理は手際よくすんだ。
 「きょうのショット!に格好の材料だったね」というと、白石さんも色気をみせる。「でも雨が漏っているところをとらなければ迫力がない」に「それは新聞記者の感覚だよ」とHさん。三人で大笑いになった。
 朝から雨で売り上げゼロを覚悟していたら、えびねを買ってくれた人がいた。ありがたいことだ。

2003/5/29(木)
 森永のKさんはえびねと杭州寒蘭のファン。えびねが終って、寒蘭まで長いなあと嘆いている。
 この日はどうにも我慢できなくなったのか、新芽を2pほどあげている未開花株を押さえていた。新芽の先がよく抜けていて、なるほど抜け目のない選択だ。
 PCをやりだしたYさんが午後遊びに来る。ようやく天気がよくなって、滅入っていた気分が晴れてきたそうだ。
 以前に買っていった緑釉のえびね鉢をこわしてしまい、ひとつ残っていたのをぜひ譲って欲しいせがまれる。
 ところが、少々にゅうが入っていて売れないので、プレゼントしますというと大喜び。高価な鉢ではないのに金繕いしたらどうかと話していた。
 夕方ばたばたとウチョウラン、フウラン、えびねなどがでる。おかげで白石さん帰りそびれる。


2003/5/27(火)
 一ヶ月に一度の銀座の病院通いと車のオイル交換など。休みの日も手持ち無沙汰になることはない。
 病院といっても本当の目的は、その後で美味しい昼飯を食べ歩くこと。だが、いつの間にか四谷のMビフテキ店にきまってしまっている。
 先月はたまたまいけなくて、二ヶ月ぶりの味は待ち遠しく、格別だった。
 ここの店主夫妻もよく海外旅行をしている。ことしはサーズで、北海道など国内旅行を考えているそうだ。
 たまたま我々もそうだったので、話がはずんで、久し振りに楽しい食事ができた。


2003/5/25(日)
 久し振りに千葉のTさんがみえる。日中蘭友好協会の会合にでる前にきて、昨年から予約していた杭州の「江南秋色」を持っていく。
 昼時だったので白石さんと三人で食事することにする。いつもはカレー丼が多いのだが、Tさんはカレー作りの会社勤め。
 だからカレーは見るのもいやの方です、ということで、なんとなくこちらもお付き合いする破目になった。
 イワチドリを楽しんでいるご夫婦がみえて、三橋さんの焼締め古鉢と八起窯のウチョウ鉢を買っていく。
 たまたま中国古鉢と三橋さんの寒蘭鉢なども並んでいたので、ゆっくり腰をすえて鑑賞していた。
 白石さん、ウチョウラン展の看板仕上げる。最近はまったく手馴れたものだ。休み明けには掛けることにしよう。


2003/5/23(金)
 病気になっても花は十分観賞に耐えるえびねの落ち着き先がきまった。Hさんが伊東の別荘に地植えしてくれるという。
 朝から隔離していた該当株を抜いて大袋につめる。ばっちり症状をだした「王冠」の大株ともお別れだ。
 花がむらむらになってしまうものは極力避けたので、来年は綺麗なお花畑になることだろう。こんどは盗難の心配がでそうだ。
 鹿児島に転属になったYさんが、仕事で上京の合間をぬってたずねてくれる。
 杭州寒蘭のマニアで、四日市勤務のとき行きつけた園芸店で、楽しみな株をわけてもらっている。
 その園主が最近急死して、大量の未開花株の処分を相談されていたが、引き受け手がきまったとよろこんでいた。
 広い作場があれば、こちらが欲しかったが仕方がない。ことしはサーズ騒ぎで、中国からの入荷もなんともいえない。

2003/5/21(水)
 PCをやりだしたYさんが、はじめてメールをくれる。常になにかに燃えていないと気がすまない人で、昨年からえびねに入れあげている。
 えびねの時期が終ったらどうしようともらしていたが、どうやらかっこうの相手がPCになったらしい。
 いじり始めたのは聞いていたが、早くも初メールがとどき、こんどは写真をそえるメールに挑戦するとある。
 こちらはPCでははるかに先輩だが、写真の添付はできないし、あまり覚える気もないので一向に上達しない。。
 えびねのHさんはこのわずか半年で、ゼロからスタートして綺麗なHPまでたちあげている。Yさんも私の手に届かないところに行ってしまうのは時間の問題だろう。
 若いといってももうすぐ古希をむかえるYさん、私の方が年上だが、大した差はないと思うのに、この気概の違いは何なのか。

 久し振りに天気になって、ウチョウランを外に並べる。天然もののクロカミランが二つでた。

2003/5/19(月)
 また雨。ついうっかりして前夜、ウチョウランを外に出しっぱなしにして雨に当ててしまった。
 ハウスで作ったものなので、雨に当てると木姿が乱れてしまう。幸い弱い降りだったので助かったが、慌ててしまいこむ。
 最後まで残っていたえびねを作場にもどす。植え替えしたい鉢もいくつかあったが、植え痛みを心配して秋まわしにする。
 えびねに関する問い合わせがいくつか入っていて、その返事をうったりしていたら、もう夕暮れになっていた。


2003/5/17(土)
 梅雨のはしりか、うっとうしい日が続く。きのうからヒーターを入れたくなるような薄ら寒さだ。
 横浜のHさんが「黎明」の中苗株を「プレゼントだよ」ともってくる。先日委託の品物を返したとき、別の人の「黎明」をまぎれこませてしまったらしい。
 こちらの不注意でわざわざ返しに来る手間をとらせて、本当に申し訳ないことをしたが、おかげでたっぷりおしゃべりが楽しめて、寒さを忘れることができた。
 こんな陽気の日はお客様もさっぱりのはずだが、ウチョウランなど小物がぽつぽつ出ていく。


2003/5/15(木)
 日記を一日つけ忘れてしまった。水曜日のはずがいつの間にか木曜日になっていた。耄碌してしまったのか。
 火曜日は栃木の村樫園芸まで、イワチドリの仕入れなどで車で出かけたのだが、妙に疲れて早々と寝てしまい、翌朝は1時間以上も寝坊している。
 年をとっても寝坊できるのはまだ若い証拠、と元気付けられたが、どうもリズムを崩してしまったらしい。
 イワチドリは昨年からはじめたので、売れ残る事を覚悟して、少し仕入れてきたのだが、予想を上回る売れ行きだ。
 自分で作るつもりでピンクの花なども入れてきたが、残しておきたいものから出て行ってしまった。
 えびねのあと、ウチョウランまでのつなぎとして取り上げてみたのだが、なんとなくこれから面白そうだ。


2003/5/12(月)
 棚の大掃除から始まって、店内の模様替えでよく働いた。一人ではとてもじゃないが、中学のときのK君が手伝ってくれて、2時過ぎには何とか格好をつける。
 ウチョウラン展までのつなぎで、Hさんが飾ってくれたセッコクやイワタバコ、ニオイハンゲなどをならべる。
 遅咲きのえびねも少々残したが、主だったものは全部作場に収容する。風がよく通るように、昨年より少しゆとりをもたせてみた。
 霧島園のように、一坪に9鉢なんてわけにはいかないが、ごちゃごちゃ詰め込んで病気をだすよりはいいだろう。
 ウチョウランで毎年世話になっているHiくんが、5本寄せ植えにしたものを前座にと、早々ともってきてくれる。
 上手に出来ていて思わず手が出てしまいそう。たまたま居合わせたHさんは、円弁で連舌の紫一点花をみつけて、すぐに買っていた。

2003/5/10(土)
 学研のSさんが久し振りにくる。えびねはやってないので、目当ては杭州寒蘭だ。早いものはもう新芽をのぞかせていて、11年ものと14年のと2鉢買っていく。
 11年のは4枚葉のいい新子が去年きていて、ことしは確実に初花がきそう。武夷山系の杭州だから色はいいはずだ。
 同じ造園業でもえびねはやらない方のIさんが、これまた久し振りに顔をのぞかせる。
 春蘭展のときに予約した台湾春蘭の白花「春雪」を引き取りにくる。優雅な人で、近く新潟へ山菜とりにでかけるそうだ。毎年いっているとかで、山歩きの趣味が本業のような、羨ましい生き方をしている。
 いつも追いかけられてあくせくしているものとしては、爪の垢でもせんじて飲ませてもらいたいくらいだ。


2003/5/8(木)
 千葉蘭園の長野さんがたずねてくる。30年前の開店のとき、えびねで大変お世話になって以来、きょうまで曲がりなりにもやってこれたのは、すべて長野さんのおかげだ。
 96歳になるお父さんのCT検査で、世田谷にある関東中央病院まできたついでに立ち寄ってくれた。
 ここ数年はとんとご無沙汰していたが、成東で始めた和田窯も順調のようで、手土産に自然釉の湯飲茶碗をいただく。
 穏やかな窯変が心をなごませて、なにより手にしっくり来るのが親しみやすい。3時のお茶に大いに愛用させてもらおう。
 深沢に住む歯科医のTさんに、庭植え用に、大袋に2杯のえびねをプレゼントする。正規の値段では売れない、病気になった株だが、庭植えでなら十分楽しめるものだ。
 むかしはみな焼却処分にしてしまったが、いま思えば可哀そうなことをした。病気だって生きる権利はあったはずなのに。


2003/5/6(火)
 東京から山口にかえったKさん、九州の園芸店や展示会を仲間とみてまわり、地元でも展示会やら仲間の棚詣でなどで、さすがに疲れましたとメールがはいる。
 一年のうちでえびねのときほど慌しいのも珍しい。興奮のせいか朝は早くから目が覚め、夜も遅くまでえびねとのおつきあいがつづく。
 展示会が終った途端に、疲れがどっとでて、何もやる気がしない。こんなときは無理をしないのが一番。
 幸い夕方までは特に用事もなかったので、無為の時間をたっぷりたのしませてもらった。
 ぼんやりえびねを見ていてあらためて思ったのだが、ニオイの「華清宮」がことしは実によく咲いた。
 作りのうまい霧島園さんに作ってもらったら、霧シリーズでもトップクラスにいくのではないか、なんてうぬぼれたくなるほどだ。


2003/5/4(日)
 大型連休もあと一日を残すのみとなって、ことしのえびねもフィナーレが近づいてきた。
 「青嵐」も「雛の宴」もいささか疲れがでてきたようだ。宴にぞっこんのYさん(命名者)は、体の具合がよくないのに、最後のご対面と出かけてくる。
 茅ヶ崎のSさん夫妻も、手土産もってきてくれる。展示してくれていた鉢と預かっていた「紫式部」などを引き上げる。
 昨年まではお世辞にも作はうまくなかったのだが、新築した家にこしらえた作場が合ったせいか、ことしはどれも見違えるほどの出来だ。
 こうなると奥様も張りが出てくるのだろう。旦那のえびねの道楽にも寛大になっているような感じだ。


2003/5/2(金)
 久し振りの活況で、店を閉めたのは定時の7時を大きく上回り、日記をつけている時間がない。
 仕方なく朝打つつもりできたらお客様が早くみえてだめ。これでかんべんしてください。


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